腎移植
日本の腎移植件数は年々増加し、2019年には 1年間 2,000 件以上となりました。日本の腎移植の成績は世界でトップであり、現在の生体腎移植の 10 年生着率は 80%を達成しています。
また血液型の異なるドナー、レシピエント間の生体腎移植も日常的に行われており、その治療成績も血液型適合間の腎移植と同等となっています。
末期腎不全に至ってもさらに血液や腹膜透析を行わず、最初から腎移植を行う先行的腎移植(Preemptive Kidney Transplantation,PEKT)も全体の27%を占め、年々増加しています。
日本では約 90%が生体腎移植であり、脳死・心停止ドナー数はきわめて少なく、献腎移植は 200 件前後です。
参考文献 腎代替療法選択ガイド2020 剣持敬
腎移植臨床登録集計報告2021(日本臨床腎移植学会、日本移植学会)
腎移植(概論)
腎移植は、提供者(ドナー)から一つの健常な腎臓の提供をうけ右下腹(腸骨窩)に植え込むことにより、腎機能を回復させる治療です。腎移植療法と、血液・腹膜透析との最大の違いは、腎移植では腎機能を恒常的にeGFR40~50ml/min/1.73㎡まで回復しえる点にあります。
腎不全から離脱することで、慢性的に腎不全状態により引き起こされていた様々な血管系合併症の進行を回避し、貧血や骨病変の改善も見込めます。 また、血液透析や腹膜透析を受ける場合と比べると、食事や運動、就労などの様々な制限が緩和されるため、生活の質が向上します。
一方で、移植した腎臓による拒絶反応を防ぐために、免疫抑制剤を生涯内服する必要性があり、がん、感染症にも注意が必要です。腎移植には、生きている方から腎臓をご提供頂く生体腎移植と、亡くなった方(脳死、心停止を含む)の腎臓を移植する献腎移植の2通りの方法があります。
我が国では献腎移植の数が極端に少なく(8%)(注1)、ほとんどの生体腎移植は親子(32%)や夫婦間(42%)での生体腎移植が占めています(92%)。ドナーがおられない場合は待期期間(約15年)は長くなりますが(注2)、日本臓器移植ネットワークに献腎登録をし、さらに年次更新を行う必要があります。
腎センターでは腎臓内科医と腎移植専門医、さらにレシピエント移植コーディネーターがより密に連携し、献腎登録や先行的腎移植を含め、患者さんの個々のご病院や生活スタイルに適した治療を行います。
注1)日本臨床腎移植学会 日本移植学会
腎移植臨床登録集計報告書2020
注2)臓器移植ファクトブック2020
日本移植学会31頁~42頁
生体腎移植
生体腎移植は親子(32%)や夫婦間(42%)、兄弟・姉妹(9%)からの腎提供による生体腎移植が占めております。ドナーを選定するにあたりまず自発的意思に基いて提供に同意され、かつ十分な腎機能を有することが条件となります。
腎センターでは腎臓内科医と腎移植専門医、さらにレシピエント移植コーディネーターがスタッフ間の情報共有をして、献腎登録や先行的腎移植をはじめ、患者さん個々の状態に則した治療をお勧めしております。
【適応】
移植を希望される場合、残腎の推定糸球体濾過率e-GFRが15-30ml/min/1.73㎡程度(CKDステージ4 or 5)時点で、主治医と相談することをお勧めします。移植を受ける前には様々な検査(免疫適合性、がん、心血管合併症など)を行い、最終的には全身状態などを考慮して移植可能か判断をします。
【入院】
提供していただいた腎臓(グラフト)の拒絶を防ぎ機能を長持ちさせるために免疫抑制剤必須となり、手術直前から内服あるいは注射を受けて頂きます。また、血液型不適合がある場合には不適合抗体除去のための血漿交換治療を要し、移植日より7~14日前に入院が必要となります。移植後は拒絶反応、肺炎などの感染症に注意が必要ですが、問題なく順調に経過すれば2~3週間で退院となります。
【手術】
レシピエント手術は全身麻酔で行い、手術時間は5-6時間かかります。腎移植は基本的には右腸骨窩に移植します。下腹部に15~20cm程度の斜切開を加え、腸骨動脈ならびに腸骨静脈に提供腎臓の動脈、静脈をそれぞれ吻合します。提供腎臓の尿流出経路である尿管は、レシピエントの膀胱につなぎます。
また基本的にレシピエントご自身の腎臓はそのままの状態にしておきます。
腎センターでは、術後集中治療室で数日間過ごしていただき、万全の体制で術後経過を見るようにしています。
ドナー手術は低侵襲で整容性の良い単孔式内視鏡的腎摘出術で行い、約3時間で終了します。開腹手術に比し疼痛は少なく通常7~10日で退院となります。
【移植後の健康管理】
血液透析や腹膜透析を受ける場合と比べると、食事や運動、就労などの様々な制限が緩和されるため、生活の質が向上します。
しかし移植した腎臓の拒絶反応を防ぐために、免疫抑制剤の内服を生涯継続する必要性があります。また移植腎機能を長持ちさせるためには一般の成人病予防(高血圧、糖尿病、肥満)が大切となります。このようなことから腎センターでは日常生活ならびに服薬の自己管理と感染症、がんに関する予防策、定期検診に関するご助言、支援を行っています。
献腎登録
献腎移植を受けるためには、日本臓器移植ネットワークに登録施設(近畿18施設)から登録を行う必要があります。
関西医大附属病院は、社団法人日本臓器移植ネットワークが包括する献腎移植登録施設の一つとなっており、枚方周辺地域のみならず、北河内地域在住の腎不全ならびに透析患者さんに登録頂いております。
なお登録にはいくつかの条件があり、当院に受診していただき、登録条件が適合するかを確認する必要があります。
献腎移植登録を希望される患者さんは、受療施設の担当医を通じて、腎センター・腎泌尿器科・腎移植外来(毎週水・金曜、第1、3、5土曜:午前)を受診できるようご紹介をいただければ幸いです。
腎移植登録にご興味を持たれた方は、TEL 072-804-0101(病院代表)腎泌尿器外科外来までご連絡ください。担当専門医が腎移植について説明いたします。
移植後健康管理の取り組み
腎不全患者さんは、長期に渡る末期腎不全状態が持続しており、厳しい食事制限や運動制限を強いられるため、一般健常人よりサルコペニア*の発生頻度が高く、若年発生や生命予後との関連性が指摘されています。
そこで腎センターでは、腎移植患者さんのサルコペニアに取り組んでいます。
腎移植患者さんは、末期腎不全期に筋肉量や筋力が低下することが多く、それを移植後に持ち越している方も多くみられます。移植後も筋肉量が低い方は、移植前から身体活動量(歩行、起立など)が低いことがわかっています。そこで当センターでは、移植前から問診で身体活動量を把握し、運動耐容能を心肺運動負荷試験で測定し、移植後退院されるまでに、運動療法士が運動指導を行い、退院後の運動習慣の向上・サルコペニア予防を心がけています。
*サルコペニア:加齢や疾患により、筋肉・筋力が著しく低下している状態です。具体的には握力や下肢筋・体幹筋など全身の「筋力低下が起こること」により診断されます。筋力の低下は、歩くスピードが遅くなる、杖や手すりが必要になるといったことで、気づかれることもあります。
移植を受けられる患者さん(レシピエント)、腎臓提供者(ドナー)は、ともに腎移植後の腎機能が eGFR 30-50 ml/分/1.73㎡ 程度となり、ほぼ慢性腎臓病の進行ステージ3B に該当します。
したがって、定期的に腎機能の評価をして腎障害進行を抑止し、合併症予防をすることが重要となるため、健康科学センターと連携して、運動療法・栄養指導の充実化に努めています。
1.肥満
移植を受けられる患者さん(レシピエント)、腎臓提供者(ドナー)の双方にとって、肥満は手術リスクや、術後合併症(高血圧、糖尿病)のリスクが高くなり、食事・運動療法が推奨されています。
移植後患者さんでは、腎機能が改善することにより、食欲が回復し、肥満傾向を認めることがあります。
【肥満の改善例】
移植前 移植後10年目 介入1年後
体重:70kg → 95kg → 73kg
BMI: 23 → 31 → 24
レシピエント移植コーディネーターから合併症リスク(高血圧、糖尿病)や、日常生活における自己管理の重要性を説明しました。
その後健康科学センターの肥満外来を受診いただき、運動療法士・栄養士・臨床心理士による介入を開始、1年間で体重は22kg減、Body Mass Index(BMI)も24まで低下しました。
心・脳血管疾患のリスク因子である、LDLコレステロール、中性脂肪などの検査結果や、高血圧症改善し、内服薬を数種類減らすことができました。
2.サルコペニア
最近は移植を受けられる患者さん(レシピエント)、腎臓提供者(ドナー)の双方の高齢化が進んでおり、筋力低下を予防する運動療法が推奨されています。
腎移植までに維持透析を受けておられる期間が長いと、長期の臥床、蛋白制限などにより、筋力が低下していることがあり、当センターでは移植前後の運動機能を保つために必要な運動指導を提供しています。
【文献】
①腎移植患者のサルコペニアと栄養管理
矢西正明
第55回日本臨床腎移植学会2022年2月 ワークショップ4 腎移植前後における内科的合併症の管理
②腎臓移植内科医と移植外科医との協働 腎移植患者管理における腎センターの役割 腎臓内科医との連携 矢西正明,小糸悠也ら
第54回日本臨床腎移植学会プログラム・抄録集 2021.02
③腎移植患者のサルコペニアと腎臓リハビリテーション
矢西正明, 木村穣ら
日本臨床腎移植学会雑誌 8巻1号 Page78-82,2020
④移植腎長期生着に対する方策:腎臓内科医は腎移植にどう関わるか? 腎移植後のフレイルやサルコペニアと腎臓リハビリテーション
矢西正明,小糸悠也ら
日本腎臓学会誌 62巻4号 Page237 S18-5,2020
健康科学センターサルコペニア外来
腎臓リハビリテーションへの取り組み
サルコペニア[Sarco(筋肉)+Penia(減少)]
筋量と筋力の減少に伴う身体機能や日常生活の質の低下
Image Credit: https://sci-fit.net/anabolic-resistance-sarcopenia/
日本老年医学会誌(2019;56:227-233)
日本サルコペニア・フレイル学会HP
今、サルコペニアが注目される理由
サルコペニアの一般高齢者における有病率は,大規模研究において6~12%と報告されています1) 。
日本人の一般高齢者1,851 人の約6年間の追跡研究により、75-79 歳では男女ともに約2割、80歳以上では男性の約3割、女性の約半数がサルコペニアに該当すると報告されています2) 。
サルコペニアになると死亡、要介護化のリスクがいずれも約2倍高まることがわかりました2) 。したがって健康寿命の延伸のためには、サルコペニアの予防及び改善が重要となります。
慢性腎臓病におけるサルコペニアの有病率は,保存期(CKDstage G3~G5で5.9~14%,透析期で12.7~33.7%とされています。2 型糖尿病及びCOPD(chronic obstructive pulmonary disease)等の疾患を合併するとサルコペニアの頻度は高くなり,またサルコペニアには骨粗鬆症を併発しやく、転倒、骨折などリスクが高まります。
参考
1.山田実 サルコペニア新診断基準(AWGS2019)を踏まえた高齢者診療 日老医誌 58:175-182, 2021
2.Kitamura A, et al, J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2020 Nov 25. doi: 10.1002/jcsm.12651.
サルコペニアの診断
2019年11月のアジア国際会議(AWGS2019)において骨格筋量計測(DEXA やBIA)をできない施設においても、SARC-F、SARC-CalF、下腿周囲長と握力、5 回椅子立ち上がりを行うことでサルコペニアの診断・評価ができることが提唱されました。
確定診断には「筋力:握力」、「身体機能:歩行速度」、「骨格筋量」の測定が必須です。
参考文献:
アジアワーキンググループサルコペニア (Asia Working Group Sarcopepia)
Chen L-K, et al J Am Med Dir Assoc.21(3):300-307.e2, 2020
a)DEXA: Dual-energy X-ray absorptiometry,二重エネルギーX 線吸収測定法BIA: Bio electrical Impedance Analysis 生体インピーダンス分析
「骨格筋量」測定はDXA法 あるいは、BIA法が選択される。
DEXAで測定した、四肢の総筋肉量(kg)を 身長(m)の 2 乗で割った値を, 骨格筋量指数(Skeletal Muscle mass Index:SMI)と呼び、筋肉量評価の指標として用いる。
骨格筋肉量指標
(skeletal muscle mass index, SMI)
=四肢骨格筋量 ÷(身長)2
DEXA法 男性 7.0 kg/㎡ 未満、女性 5.4 kg/㎡ 未満
BIA 法 男性 7.0 kg/㎡ 未満、女性 5.7 kg/㎡ 未満
がサルコペニアの診断基準となる。
b)SARC-F
Strength, Assistance with walking, Rise from a chair, Climb stairs, Falls の頭文字です。アジア国際会議(AWGS 2019)で推奨されている検査で、患者への質問により,筋力,歩行,椅子から立ち上がり,階段昇降,転倒について評価します。
c)SARC-CalF
SARC-F に下腿周囲長(下腿周径、calf :ふくらはぎ)を加えたものです。
解釈上の注意
(1) 位相角(Whole Body Phase Angle)
位相角 は,微弱な交流電流を流した際に発生する抵抗成分から算出できる指標。
細胞の生理的機能レベルを反映し、健常者等の構造的完成度の高い細胞では高値を示し、低栄養状態では低値となる。
位相角は、筋肉量変化よりも栄養状態の改善に敏感に反応し、筋肉量増加を感知しにくい疾患や高齢者などの栄養評価に有用で、
運動機能低下や骨粗鬆症の予測にも使われています。
健常アジア人の平均位相角 6.55±1.10°
日本人虚弱の指標 男性:<4.5, 女性 :<4.4°
(2) 骨格筋肉量指標(skeletal muscle mass index, SMI)
AWGS2019 では,BIA による骨格筋量計測も推奨されている。
骨格筋肉量指標(skeletal muscle mass index, SMI)
=四肢骨格筋量 ÷(身長)2
BIA 法 男性 7.0 kg/㎡未満、女性 5.7 kg/㎡ 未満
ただしこれには幾つか留意すべき点がある。一つは浮腫があると骨格筋量を過大評価しやすい点、もう一つは機種間の互換性に乏しい点である。
浮腫がある場合は、骨格筋量のみならず細胞外水分比 ECW/TBW(Extracellular Water/Total Body Water)を確認する。この値が0.4 以上となると、浮腫により骨格筋量を過大評価する可能性がある。
参考資料
InBody 結果用紙見方
https://www.inbody.co.jp/result-sheet-interpretation/
健康科学センター 腎リハビリテーションプログラム
https://kmuhsc.net/department/kidney.html
腎臓リハビリテーションへの取り組み
腎不全患者や腎移植前後患者さんへの合併症早期対策と予防のために健康科学センターと連携して、運動療法指導を行っています。
当センターではINBODY測定(注1)という筋肉量や脂肪量を測定できる体組成の測定や、心筋運動負荷試験(注2)、さらに骨筋肉の量および機能的低下(サルコペニア)評価も行っています。
これらの測定結果を基に運動指導を行っています。
運動指導を行うことで腎障害の進行予防し、また透析の方や移植前後の方でも最適に運動が行えるよう、アドバイスをさせて頂いております。
また糖尿病性腎症においては高血糖が、さらに腎硬化症においては高血圧という生活習慣と密接に関係する病態が透析に至るリスク因子として大きな影響力を有しています。
適切な運動療法を行うことで生活習慣病を予防し、腎機能障害の進行を抑えることが可能となります。
お申込みは担当医にご相談ください。
注1:【INBODY770測定】
生体電気インピーダンス分析(BIA)により、外来で簡便かつ迅速(5分間程度)に、体成分の組成(水、脂肪、筋肉)の割合を算出できます。
注2:【心肺運動負荷試験 (Cardiopulmonary Exercise Testing) 】
個々の患者さんの身体機能に応じて、「どの程度の強さの運動」が適切かを評価した運動処方をご提供するための検査です。
「最大酸素消費量35-40% 以内の運動負荷では腎機能(糸球体濾過率eGFR)は低下しない」という研究報告に基づき、負荷試験結果を参考に適切な運動処方をさせていただいております。
例えばCKD患者さんにおいては、最大酸素摂取量35-40%以内の運動負荷では「糸球体濾過率eGFRは減少しない」、かつ「脂質代謝効率を改善できる」、適切なレベルとなります。
健康科学センター 腎リハビリテーションプログラム
→ https://kmuhsc.net/department/kidney.html